今はまだだめだ

もう5月が終わってしまうけど、冷蔵庫はカラのまま。もうすぐ壊れてひと月になる。この部屋の管理会社も、その管理会社の委託で冷蔵庫を探してくれる電気屋も、いつ聞いても同じことを繰り返す。

「ベストを尽くしてる」
「取り寄せに最低7Werktageは掛かる」
「でも配送が混んでるから、どうなることか」

さよなら、の季節

このころ、別ればかり。入れ替えに出会いがあるといえばそうだけど、ごまかせない時の流れを感じてしまう。14年来のBOSCHの洗濯機が壊れた。すこし前から使うとひんひん鳴いていて、がんばれーがんばれーと声を掛けて見守ったことも数回。ある日ENDマークで扉を開けたら、裾のほんのり湿ったシャツが飛びだした。え!乾燥までしてくれるようになったの!?ーあるわけないのに、混乱して幻を信じた。音はしてたし洗濯してると思い込んでいた。きっとB本人だって裏切られた気持ちだったはず。懸命に走ってるつもりなのに、ほとんど前に進めてない人を見た感じ。誰のことだとしても、切なすぎる。

さよなら、Gül

お気に入りのトルコ料理店が閉じた。家族経営の小さなレストラン。近所のトルコ人家庭のお母さんたちが「今日はご飯の支度するの疲れちゃったし外食しましょうよ」と言って、飾らずふらりと来るような場所だった。同じ気分の時、わたしたちもよくお世話になった。行くとマダムとさわやかな息子が名前を呼んで出迎えてくれて、座れば自動的にエフェス・ビールと大きなボトルのサン・ペレグリノが運ばれてくる。

マンゴーアイスの日

いつかどこかで、わたしがもっと若かったり子どもだったりしたころに、きっとちいさなよいことをしたのかもしれない。そうでなかったら、金曜日のスーパーマーケットでふつうの大人がマンゴーアイスをタダでもらえるはずがない。

さよなら、炊飯器

モノはたくさん持たないけれど、モノ持ちはいい。モノも友達もそんなに多くなくていい、そんな歌詞もあったしね。バッグはいつだって小さかったし、友達はほどほどに少ない。理由はわかってる。でも自分の手と気持ちに繋がったものは、できるだけ長く傍にいてほしい。好きで遠くまで来てしまったくせにおかしなことを言う。そのための努力をしたって難しいときもある。日曜日の夜、22年使った電気炊飯器が壊れた。

おひなさま

「おはよう」にあわせて、おひなさまの写真がHから届く。東京の3月3日が終わるころ、ベルリンのひなまつりがはじまった。ありがとう、むすめに戻りながら遠い東の春に繋がる。

なでしこ

サッカー日本女子代表がパリ・オリンピック出場を決めた。おめでとう。試合のあとの映像がとらえるのは、解放されて弾ける笑顔と飛び交う歓声。いつも聞いているのはRとわたしの低音ボイスだから、馴染みのないソプラノにちょっとどきっとする。かわいらしいね。なにより、すごいよ。ほとんど娘でもおかしくない選手たちの懸命な姿に「よしよし、うんうん」と頷いたりして、陰ながら応援している。

夜明けのすべて

木曜日の夜、ベルリン国際映画祭で上映される邦画作品を観にゆく。座席指定のないチケットだから上映の1時間前には家を出ようーそんな話を朝食のときにかわして、わたしは卓上メモに「20時OUT!!」と大きく書きつけた。そうでもしないと、出掛ける時間をつるっと過ぎてしまいそうになって危ない。ベルリン・マジックである。

13時の地下鉄で

のんびりした地域ののんびりした地下鉄に乗っていると、案外のんびりしていられない。異邦人のわたしの角が隠しきれずに立ってしまって、いつ指摘されるんじゃないかと緊張するから。その日の13時、珍しく7割くらいに混雑した車内で、わたしはいつもより体をちいさく丸めて車両の隅に収まった。身を消して観察するには最高の位置だった。

立派な予定

ある日の午前中、空気を入れ換えるために窓を開けたら、カレンダーの裾がはためいて斜めになってしまった。空の奥行きがわからないくらい曇った日には、風が強いのにも気づけない。レシート用紙で手づくりした月めくりカレンダーは細長すぎて、風がなくても真っすぐでいるのは難しいのだ。「まぁ、斜めとはいえ右肩上がりだし、悪くないかもね」と目で認めながら、わたしはやはり律儀に直してしまう。明日の日付の左側にちいさな赤丸シールが付いていた。「予定がある」らしい。

教会のメロディー

白濁の道をお尻を振りながら教会に向かった。雪仕様に整備されていない黒のトヨタ・カローラは、道を曲がるたびに横滑りしている。後部座席のわたしたちはそのたび「いま滑ったね」と早口小声で確認し合った。さすがにドライバーもすこしは気にしてるでしょう、と考えるのはこちらの勝手で、彼は人気のない住宅街を減速もそこそこに駆け滑る。もしも気にして欲しいなら、真正面から「雪、危ないので気にしてください!」と言わなくてはだめだ。それがここの鉄則なのだ。

雪、ベルリンの冬の午後に

外の白が反射して、部屋を照らす日は心が軽い。しんしんと雪は降ると思っていたけれど、こちらではさらさら鳴りながら落ちてくる。きっとひどく乾いている。着地してからも、なかなか溶けない。コンクリートにも石畳にも迎合しないまま、おとといの雪はまだ残っていた。雪もただしくベルリナーだ。

『君たちはどう生きるか』

土曜日の21時。宮崎駿の最新作『君たちはどう生きるか』(日本語・ドイツ語字幕付)。歩いて映画館に着くと、もう外まで人が溢れていた。右手にビール、左手は煙草。こんな零下の夜によく平気ねと思う。賑わいをすり抜けて中に入ると、今度はニット帽がUの字に並んでいた。ドリンクとポップコーンの列だった。ベルリンでこんな時間の映画館へ来たのははじめてで、眠らない夜があるのを思い出す。この街の週末には、バスも地下鉄も24時間走るのだ。

ベルリン、布団から想う

ついに地球が沸騰してしまったので、ベルリンでも夏には夏の掛け布団が必要になった。ほんとうはそんな街ではなかった。もちろん10年やそこら住んだくらいで「ほんとう」のカケラも知るはずはないけれど、わたしにとってここは「365日おなじ1枚の掛け布団で眠る」街だった。つい、ほんの3年前まで。

スペイン・バスクから

「美食」と聞いて鼻白んでしまうのは、わたしがひねくれているせいか、めんどうくさいせいか、またはその両方なのかわからない。なんとなく「人の手の込んだ、贅沢で煌びやかな一皿」を連想してしまうのだ。サン・セバスティアンはたしかにおいしい街ではあったけれど、それはその土地の水と土と風と人が長い時間をかけて育んできたローカルで有機的な味わいだった。「君、それこそ美食というのだよ」と美食家に言われるかもしれない。できればそんな肩書きの人には会いたくないけれど、そのための準備をしなくていいわけもない。

サン・セバスティアンへ

他所の家に招かれた時、一番「よそ」を感じるのは、開かれたドアを抜けて敷居を跨ぐ瞬間かもしれない。知らない匂い、違う生温かさ、見慣れない壁掛けと置き物の配色。家のすべてが侵入者(わたし)を威嚇して、それから少しずつ、こちらを品定めしながら親しみを小出しにしてくる。うまくいけば、帰る頃には別れの挨拶をする仲になる。といって極度の人見知りはわたしの方で、そもそも他所の家自体には何の問題もない。

ある日のパリ

ラグビーのワールド・カップがあるからなのか、いつもより街は混んでいた。街の中心にあるコンコルド広場周辺はパブリック・ビューイングの会場が設置されていて、車は迂回を迫られる。パリのドライバーが忍耐強くてセーフティ・ファーストだったことは、きっと過去に一度もない。