去年の映画賞レースでタイトルが踊るのを横目に通り過ぎた。評判も耳にして意欲はあったはずなのに、実際に観るまでなんと時間の掛かったことか。忙しいふりをしているのか単に怠惰なのか、境目がぼんやりとしてよく見えない。見えなかったことにしよう。
Film
『夜の来訪者』/ “An Inspector Calls”
子どものころ、欧州の空気(のようなもの)に惹かれた。物語を読み映画を観ては、その空気を頭のなかで吸っている気になった。鬱蒼としてどこか暗く、それでいてカラッとしている。こちらに来てしばらくして、その欧州っぽさはただの「堆積した埃」ではないかと思うようになった。ピカピカでないものの発する意味あり気な鈍い光。古いもの、なかなかどかないものの落とす色の濃い影、湿気のない空気。その条件からうまい具合に光に透けて、薄っすら積もりゆく埃。たとえば「裾のほつれたセーターをさらりと着こなす素敵パリジェンヌ」が成立するのは、シンプルに、人がそのような埃のなかに暮らしているからではないかとさえ思う。
『都会のアリス』/ “Alice in the Cities”
モノクロ映画で眠たくなるのは仕方ない。お洒落な単館系作品の鑑賞に耐えうる「尖ったスピリット」は、もう持ち合わせていないのだから。そういうことにしていたが、そうでもなかった。スピリットは「まる」のままでも「眠るかどうかは作品に依る」という、きわめて納得の映画体験となった。