スズメバチの(が)撹乱

洗濯をして、洗濯物を干して、バルコンの緑に水をやって、換気のために窓を開けて(けれど身長が足りないから台を引っ張ってきて、それに乗ってー)。せわしない動きのあとでようやく机について、Macでドキュメントを整理していたら天井の隅で濁った音が聞こえた。ベルリンでこの季節によく現れるスズメバチだ。開け放たれた窓から迷い込んだのだろう。黄色というよりも黒々とした蜂は、なにかを確かめるようにじっとしている。触覚の擦れる音さえ聞こえそうなくらい、それは立派な立体だった。

わたしは前に刺されてヒドいことになったのを思い出し、仕方なく椅子から離れた。作業部屋兼寝室のドアを閉めて、キッチンの方へ掃除機を取りにゆく。ドイツ優勝のワールドカップイヤーに店先で見つけた、山吹色のハエ叩きが視界に飛び込んできた。仕留めるヘッドのデザインがサッカーボールになっており、なかなかユーモアがある。愛着を持つ対象としてどうなのと思わないでもないのだが、破れたメッシュを修繕しながら12年大切に使ってきた。もしかしたらこれも役に立つかもしれない。

掃除機の先に細長い吸いとりノズルをセットして、道具を両手に作業部屋へ戻る。さっきとほぼ変わらない場所にスズメバチはいた。天井近くを徘徊する蜂のために、別の窓も開けてやる。そこから外の世界に戻ってくれたらいい。できれば吸い取ったり、戦ったりなんてしたくない。

しばらく真下から様子を観察していたけれど、なかなか出ていってくれそうになかった。そろそろ首が痛い。蜂は静止していると見せかけて、突然加速しフワっと大きな円を描いて飛び立った。けれどその飛翔もやはり本物ではなく、(どうやら掟か何かで決められているらしい)20センチほど真横のポイントへ律儀に着地するためのものに過ぎない。何度も何度も、ただそれが繰り返された。

意味あり気で意味のわからないルーティンを見続けるのは、あまり心に良いとはいえない。それ以上にそもそも見上げてばかりの体勢が、三半規管の弱い耳にはとても悪い。このままだと目眩もおろか、首筋を違えるのも時間の問題だ。

わたしは窓際から離れることに決めた。なんだか諦めるようで、待ち受ける長丁場をすんなり受け入れるみたいだし、有りもしない勝負とはいえ先に負けたような気がしないでもなかったけれど、部屋の逆角にあるベッドの端に力無く腰掛けた。向こうは飽きずに根気強く同じ動きを繰り返していて、こちらはせめて時計だけは見ないで対抗するしかない。

だから、どのくらい経ったかわからない。いつの間にかスズメバチは窓に辿り着いていた。好機を逃さぬ勢いでわたしはその下へ駆け寄り、蜂が張りついたガラス窓を覆うように素早くロールカーテンを下ろした。行き場を失った者はあっけなく迷いなく、余所へ飛び立つしかないのだ。

すべては何事もなかったかのように、青空に消えていった。道具の出番がなかったことを喜んで、失った時間については考えない方がよさそうだ。当分は全部の窓を閉めておこう。掃除機とハエ叩きをキッチンへ片付けにゆき、今度は手ぶらで部屋に戻った。

机の上の眠ったモニターには、スクリーンセーバーが動いていた。嘘みたいに鮮やかな色の海を、上空から気持ちよく眺めている(ことになっている)。見上げすぎて首が痛む現実の方が、なんだか色褪せそうだった。わたしは首筋を伸ばすためにストレッチを始める。静かに祈るみたいにして机に両肘をついて下を向き、重たいおでこを手の平で支えた。

眼のすぐ先に真っ白の机が見える。机の板の先に自分の揃った太ももが見える。何年も変わらない(ほとんど)制服の、ジーンズの掠れたブルー。

すると突然、視線の先に水の粒が落ちてきた。大きくポタ、ポタポタ、ポタポタポタ。サイコロの六の目みたいな模様が出来あがって、ハッとしてわたしは顔を上げた。やはりーすべては何事もなかったかのように、青空に消えていった。