霧のミラノのレストラン(前)

せっかくベルリンを出たんだもの、シーフードでしょう。わたしたちはいつだってこまかなあれこれの予約をせずにアウェイの街を訪れて、案の定ディナーで迷子になる。「日本の何をmissしてる?」そう聞かれることがあるけれど、人と魚と貝かもしれない。心の人たちにとても会いたい、魚と貝はできればたべたい。もちろんミラノに海はない。それでもそこが間違いなく「ベルリンじゃない」のなら、ほとんど「海がある」と思ってもいい。

ホテルから20分、霧のミラノを歩いてゆく。街灯に照らされる雨筋の太さを見つめながら、けっこう濡れてしまうだろうと今さら気づいた。細い道を歩くから傘を二人で一本にしたことや、カッコつけるのにニット帽を(ベルリンの部屋に)置いてきたのは、軽はずみだったかもしれない。

予約したレストランは遠くからすぐにわかった。群青色の電飾が不自然なくらい輝いていて、シーフードかギリシャ料理の店のほかにはあり得なかった。想像とだいぶ違ったけれど、戸惑いと喜びはわりと遠くないはずだ。少なくとも「海っぽい」ー励ますように声を掛け合い、深呼吸の勢いで扉を開けた。

入口のちいさな店内は、奥へと延びるつくりをしている。グッド・サプライズの満席だ。勢いのない「ボナセーラ」のウェイターは脇目もふらずに先へ進み、途中くるりと左折する。雰囲気の違う薄暗い部屋に通された。中央の巨大な長テーブルには、15名くらいの団体が向かい合って座っている。

大きな黒い塊だった。革ジャン、セーター、トレーナー、Tシャツ、なにはともあれ黒が掟らしい。中年の男、若い男、筋肉の男(男以外は許されないのか?)、言葉の響きに露の香りがする。真横のわたしたちのテーブルには、空調のリモコンとWi-Fiパスワードの書かれた紙が置いてあった。すべてが絶妙にチグハグで、悪い予感しかしない。

メニューを読むふりをして、目の端と耳で観察した。カルパッチョ、タルタル、ボンゴレ、ペスカトーレ。見慣れないメニューが余計に頭に入らない。タコだろうがイカだろうがどうでもいい。静寂とバリトンの笑い声が交互に繰り返されて部屋に充満する。皆が一人の言葉を待っていた。その人が話すまで話してはならず、その人が話せば同意とともに盛大に笑うのだ。会話は理解できないのに、わたしは「なにか」をわかってしまった。もう帰りたい。

たぶんそう口に出していた。注文をとりにきたウェイターに、別の席へ移動できるかRが聞いてみる。張り詰めた緊張は呆気なく解かれた。軽快な了解を得たわたしたちは足早に席を立ち、メイン・ホールの一番奥にすっぽりおさまった。隣の席にはイタリア人の4人家族、父、母、息子1、息子2。すこしお洒落したお母さんの柄ものワンピースとローズのリップに幸せを感じる。わたしはまたひとつ深呼吸して、ようやく魚貝に挨拶をしたー「タルタルにするわ」
(つづく)