雪、ベルリンの冬の午後に

外の白が反射して、部屋を照らす日は心が軽い。しんしんと雪は降ると思っていたけれど、こちらではさらさら鳴りながら落ちてくる。きっとひどく乾いている。着地してからも、なかなか溶けない。コンクリートにも石畳にも迎合しないまま、おとといの雪はまだ残っていた。雪もただしくベルリナーだ。

ここの冬がつらいのは、寒いよりも暗いことである。朝から晩まで夜に閉じ込められている。だから冬に光を連れてくる雪を好きになった。わたしは携帯の天気予報を指でめくりながら「なんならもうちょっと降ってもいいのに」と思う。傘はいらないみたい。滑るといけないから、大袈裟なゴアテックスのスニーカー(はじめは恥ずかしかったのに今はすっかり馴染んでしまった)を履いていこう。畳んで重ねて小さくした紙ゴミを抱えて、じゃらじゃらとかさばる鍵束を首にかけた。買いものに出掛ける時間だ。

ところどころ歩道には転倒防止の小石が撒かれていて、誰もが大人しくぎくしゃくと歩いていた。ギムナジウムから下校する少年少女と、散歩のお年寄りがほとんど同じにみえてくる。小さな歩幅、もちろん走らない、騒がない。雪が奪うものについて、わたしはぼんやり考えた。

ちなみに、小石の代わりに、淹れ終えた粗挽きのコーヒー豆が撒かれていることもある。暮らしの知恵ねと感心しながら、いつも雪の消える頃にこのコーヒー豆の行方が気になって仕方ない。すっかり見えなくなって、どこへいったの。地中深くに吸い込まれて、ある冬の朝、湯気と一緒に淹れたてコーヒーの香りが立ちのぼるかもしれない。そのときわたしも、そこにいたい。

よそごとに気を取られて、紙束と一緒にスーパーへ向かいそうになる。信号を渡ったところで、青い巨大なゴミ箱がわたしの意識を引っぱった。鼻くらいまで高さがあって、PAPIERと目印のある古紙収集ボックス。そのままわたしを何人か投げ込めるくらいに大きい。それでも最近は収まりきらない紙があふれ出して、蓋が閉まっているときがない。珍しく今日は閉じているから、カラかもしれない。

蓋を開けようとして、驚いた。いつも開く蓋が開かない。重くてびくともしない。蓋一面に薄っすら雪が乗っていた。でも、ほんとうに?たったこのくらいで?ー混乱の渦中とはいえあっさり引き下がるわけにもいかないから、わたしは腹筋に渾身の力を込めて、もういちど蓋に手をかけた。

すると今度は蓋の方からわたしの手を離れていって、どんどん空まで昇っていくのだ。さらにうろたえて見上げたら、そこに人の顔があった。長いリーチが蓋を押さえてくれていた。わたしの目を見ながら「捨てて大丈夫だよ」と青年は合図する。焦茶のカールがかったショートヘア、黒いウールコートを羽織り、ブラックデニムに黒の編み上げブーツを履いて、黒いリュックサックを背負っていた。

ただしくベルリナーの真っ黒な天使と日頃の行いに感謝して、軽い足取りでスーパーへ向かった。なんとなく手羽先を買った。