「美食」と聞いて鼻白んでしまうのは、わたしがひねくれているせいか、めんどうくさいせいか、またはその両方なのかわからない。なんとなく「人の手の込んだ、贅沢で煌びやかな一皿」を連想してしまうのだ。サン・セバスティアンはたしかにおいしい街ではあったけれど、それはその土地の水と土と風と人が長い時間をかけて育んできたローカルで有機的な味わいだった。「君、それこそ美食というのだよ」と美食家に言われるかもしれない。できればそんな肩書きの人には会いたくないけれど、そのための準備をしなくていいわけもない。
この街はスペイン・バスクと呼ばれる地域にある。バスク地方はフランスとスペインの国境を跨いでいて、北バスクがフランスの、南バスクがスペインの領土に属している。独自の言語であるバスク語とそれからなる文化があり、自治を求めて争いの絶えなかった歴史がある。ナショナル・ジオグラフィックによれば、西ピレネー山脈から海岸線にかけて暮らすという地理的な条件から、バスク人はヨーロッパの他の集団から遺伝的に孤立せざるをえなかったという。
芋の蔓どころではなかった。手繰ればどれほどあるかわからないくらいの、厳しく激しい過去がくっついてくる。「美食の街」には濃すぎる影。孤立、国境、越境、自治、独立。この1ヶ月決して聞かない日はないこれらの言葉が、実はこの街の地下深くにも繋がっていた。それでも、観光客は表面的な「光」を享受して通り過ぎる。影に寄るには時間が限られているし、直視すれば心が踊るのをやめるから。自分だって、変わらなかった。同じようにして街を通り過ぎた。
飛行機で国境を越えながら、思い返す。はじめは大人しいのに、味わい深さで引き返せなくなる魚介のスープ。驚くほど新鮮で癖のない厚身サーディーン。まさかスペインで出会うなんて予想もしなかった、最上のシンプル・ハンバーガー。きっぱりとして力強いけれど、とても柔軟でほんとうにおいしい。それはバスク人のからだを走る血と、彼らのアイデンティティ、それを守って生き抜くアティチュードあってこそ生まれたものだとわたしは今さら気がついた。
越えなくては、人はわからないのだろうか。越えたって、わからないかもしれない。でもそれなら、どうして。どうしたら。
南東の方角を見上げた。ベルリンの冬の夜は暗すぎて、どこから空かもわからなかった。