サン・セバスティアンへ

他所の家に招かれた時、一番「よそ」を感じるのは、開かれたドアを抜けて敷居を跨ぐ瞬間かもしれない。知らない匂い、違う生温かさ、見慣れない壁掛けと置き物の配色。家のすべてが侵入者(わたし)を威嚇して、それから少しずつ、こちらを品定めしながら親しみを小出しにしてくる。うまくいけば、帰る頃には別れの挨拶をする仲になる。といって極度の人見知りはわたしの方で、そもそも他所の家自体には何の問題もない。

その日マドリードの空港に着いてみると、季節が巻き戻されていて戸惑った。朝のベルリンは3度しかなかったから、匂いも匂わないくらいわたしの小さな鼻先は冷たくなっていた。けれどイベリア航空の機体から降りた途端、まとわりついてくるぬるい空気は(この場所では)驚くほどポジティヴで、天井に組まれた木材とパプリカ・レッドの鉄骨があたたかな調和で迎えてくれる。

ここの玄関口には「よそ」の圧がないのだ。どうも人を底抜けに緩ませるらしく、待ち合わせをしていた友人家族はほとんど完全に遅刻で搭乗してきた。あるいは彼らの方がこの街におけるオンタイムで、わたしたちは少しせっかちすぎたかもしれない。

マドリードからサン・セバスティアンまでは一時間も掛からなかった。小さくて古い飛行機は軋みながらも順調に飛んでいく。機内には「そろそろ飛びますよぉ」「そろそろ着きますよぉ」といったふうに、離陸と着陸のタイミングで人の良さそうなBGMが上から控えめに降りてくる。

ベルリンからマドリードの便もそうだったから、きっとスペインの航空会社の定番なのかもしれない。「あ、なんか音楽流れてきた?」と解釈の猶予を与えてくれる、友好的なボリューム。一瞬、好きじゃないのに爆音のベルリンが脳を走る。ああ、わたしは「よそ」へ来たのだと思った。