ネットで購入した古本が、一週間経っても届かない。購入ページを覗いても進捗はないし、今どういう状況にあるかもわからない。ベルリンへ来た頃なら配送は速くて3日後、よく起こるのは行方不明だった。それと比べたら良い方かもしれない。この頃は翌日配送だって夢ではないのだ。それにしたって出品者からの購入とはいえ、一週間音沙汰無しはあまり知らない。「今なら即」の表示に誘われて、チャットで問い合わせをすることにした。ロボットチャットではなく、人に繋がるタイプのチャットだ。
「ハロー、こちらMoxxです。お困りですか?」
K:「注文した商品が一週間経っても届かないのですが、どうなっているかわかりますか?」
Moxx:「不便をお掛けして大変申し訳ありません。いま調べますので少し待ってください。」
K:「はい、わかりました。ありがとう。」
ちょっと時間が空いて、
Moxx:「倉庫の方でなんらかの不具合があって、止まっているようです。倉庫に調査依頼を出すので3営業日ほど待ってください。」
K:「そうですか。でもこれから3営業日となると、手元に届くのは注文してからもう2週間になりますよね?ほかに選択肢はありますか?」
Moxx:「いいえ、申し訳ありません。でもかならずメールで進捗状況を連絡します。それも3日以内に必ずです。あなたのご不便、ほんとうに申し訳なく思っています。」
K:「いいえ、あなたのせいでもありませんから。はい、では、わかりました。3日以内のメールをお待ちしています。ありがとう。」
Moxx:「ほかにもなにかお困りのことはありませんか?」」
K:「ないですよ、ありがとう。よい夜を。」
プツン。
それから数時間してチャットの内容がメールで届いた。わたしはやはり3日待たなくてはならないらしい。あまりに連呼されるものだから、すっかり3日の魔法に捉えられてしまった。この特別に連続する3つの1日をどう過ごすべきか、と考えていたら、解決策の見つからぬまま3日はふつうに過ぎ去った。続報はまだない。仕方がないから、カスタマーサービスに聞くしかなかった。
「ハロー、こちらAxxです。お困りですか?」
K:「注文した商品が10日経っても届かないのですが、どうなっているかわかりますか?」
Axx:「不便をお掛けして大変申し訳ありません。いま調べますので少し待ってください。」
K:「はい、わかりました。ありがとう。」
ちょっと時間が空いてから、
Axx:「倉庫の方でなんらかの不具合があって、止まっているようです。倉庫に調査依頼を出すので3営業日ほど待ってください。」
K:「え?あれ、そうですか。でもこれから3営業日となると、手元に届くのは注文してからもう2週間以上になりますよね?ほかに選択肢はありますか?」
Axx:「いいえ、申し訳ありません。でもかならずメールで進捗状況を連絡します。それも3日以内に必ずです。あなたのご不便、ほんとうに申し訳なく思っています。」
K:「いいえ、あなたのせいでもありませんから。でも、うーん、そうですか。」
迷いながらもわたしはここで、攻勢に出る。
K:「実はですね、3日前にもまったく同じやり取りをしたのです。でもいまだに進捗連絡もなくて、困っていたのです。」
スリー・ドッツ(・・・)で少し長めの間を置いて、それからAxxは帰ってきた。
Axx:「そうなんですね。本当に、それは本当に申し訳ないです、きっとお困りでしょう。私がもしも貴方だったら、貴方と同じようにこの状況に失望して、私の今交わした約束なんてまったく信じられないでしょうね。」
・・・
今度はわたしが黙る番だった。マニュアルどおりの反応に対抗しようと攻めに出て、しくじったみたいだ。ドラマティック過ぎるAxxの自責のセリフは、この5分間の、7ユーロの古本の話題にはちょっと壮大過ぎる、リッチ過ぎる、出来過ぎている。あなたは誰?世界が突然、歪んだ気がした。退散したほうがよさそうだ。
K:「わかりました。では、3日以内のメールをお待ちしています。ありがとう。」
Axx:「ほかにもなにかお困りのことはありませんか?」
K:「ないですよ、ありがとう。よい一日を。」
プツン。
わたしのチャット相手だった彼らは、そもそも人間だったのだろうか。「マニュアルを使った人」と対話していたつもりが、実はマニュアルそのものがわたしの相手を(言葉通り機械的に)してくれていたのかもしれない。「困った、困った」と繰り返すそこまでは困っていない「困った客」に、それならどうぞと悲壮感たっぷりの懺悔を捧げてくれたのだ。おかげでわたしは目が覚めて、それから文句を言わずに待てる大人になった。
・・・
どうだか。