あそこのパン屋で手押し車のヨロヨロしたお婆さんを見かけても、安易に助けてはいけないらしい。手を差し伸べようものなら「Nein, Nein, Nein, Nein!!」と嫌がられる。支払い(カードは店員さんが身を乗り出し手を延ばして受け取ったものの「暗証番号はさすがに自分でね」と困り顔で応対されていたらしい)もパンの受取りもおぼつかないとくれば、出口の扉くらいは本人に代わって誰かが開けてあげるべきではないか。しかしそれは、彼女の望むところでは(まったく)ないのだ。Neinを4回も発するなんて、よほどの拒否である。
Rの調達したハンバーグサンドに齧りつきながら、その土産話について考える。うまい具合のヘルプというのは案外難しいものかもしれない。ベルリンへ来てから、わたしは幸運にもウィンウィンのヘルプばかり経験したり、目撃してきたのかもしれない。もしも今度わたしがそのお婆さんを見かけたら「そのお婆さん」であるとわかるだろうか?やっぱりわからないだろうから、嫌がられても声を掛けてみようか。だってヘルプをしたいと思ったなら、相手にどう思われるかは別にしてトライしたっていいでしょう?ドイッチェ・メンタリティ的には。とか、そんなことに考えを巡らせる。
ちなみに、こちらの食事は考え事をするのに実にちょうどいい塩梅である。10年ほど前、はじめてあのパン屋を訪れたときからなにひとつ変わらない味、具(しかし昨年、それまで丸のまま押し込まれていたハンバーグは薄切りに変身した)、噛み切り必至のハードなパン。あまりにも色々と変わらないので、食事のときには極めて高い平常心を保っていられる。そして最後には大体いつも「ああ、だから多くの哲学者はここから生まれたわけね」と納得させられることになる。そのようなものだから、この季節に颯爽と現れて去りゆくイチゴと白アスパラガスに、わたしはささやかに熱狂してしまうのである。