Do You Speak English?ーあるショートコメディから思うこと

とある仏語圏の田舎町で、ひとりの女性が地図を片手に困っている。車が故障してしまったので、このあたりで修理屋さんを探しているのだ。そこへ干し草を咥えた自転車の男性が、呑気に通りかかる。女性は「Do you speak English?(英語、話せますか?)」と話しかけるが、即座に「No, I don’t. Sorry(話せない、ごめん)」と返されてしまった。しかし意外にもスムーズに会話が成立したせいだろうか、女性は自分の状況をつづけて簡単に、英語で、説明する。男性はそれをしかと聞きとめたうえで「何を言ってるかわからないよ、一言も理解できないんだ」と応え、流暢な英語で「もう少し学校で真面目にやってればよかったんだけどね」などと付け加える。

そこへまた別のひとり、赤いチェックシャツの男性が前方から歩いてくる。自転車マンはすかさず彼に「Excuse me, excuse me, do you speak any English?(ちょっとすみません、英語とか、話せたりします?)」と声をかけた。しかしチェックシャツの男性もまた「English? No.」と即座に答えて「What’s the problem?(どうしたの?)」と聞き返す。自転車マンの「彼女の言ってること、わからないんだよ、理解できなくて・・」のセリフを脇で聞きながら女性はしびれを切らしたのか、かぶせるように説明した。「車が故障してしまったので、修理屋さんを探しているの」ー自転車マンとチェックシャツのふたりは顔を見合わせて、頭を横に振るばかり。そしてさらりと英語で言うのだ。「申し訳ないけど、何言ってるか全然わからないんだ」、そしてまたもや流暢な英語で付け加える。「もうちょっと行ったところに村があるから、そこなら誰か英語を話せるかもよ?」

観念したようすの女性はもしかして、と最後の賭けに出た。カタコトのドイツ語で「わたし少しドイツ語話します。Sprechen Sie Deutsch? (あなたドイツ語話せますか?)」と聞いてみたのだ。ところが自転車マンは即座に「Deutsch, Nein.」とドイツ語で答えて、自分もまたチェックシャツに聞いてみるのだ。「Sprichst Du Deutsch?( きみドイツ語、話せる?)」。聞かれたチェックシャツは「ドイツ語?いやあ、一言二言なら話せるけどね、流暢じゃないからね!」と答えた。すらすらと、もちろんドイツ語で。

そのあとはもう本当にただの意地悪としか思えないのだけれど、「ほんとごめんね。でももしかしたら、次に君に会う時のために英語を話せるようになっておくよ」とチェックシャツはぺらぺらの英語で言うのだった。そこに自転車マンが「Oder Detusch? Vielleicht?(それかドイツ語?でもいいかもね?)」とテンポよく重ねて、「Ja, das wäre toll!(ほんとだね、それもいいね!)」とおどけた返しで盛り上がる。諦めた女性は力なくその場を去ることにするが、シーンは自転車マンとチェックシャツの「I can speak English」「So can I」というオチで終わるのだ。

すくなくともひとつ、このコメディからわたしは思うことがある。それは「ある言語を話せること(ある単語の持つ意味を知っていること)と、話の内容をわかることは違う」ということ。言葉の意味が理解できたからといって、話が通じたり、話をわかるとは限らない。それに、わかりあえないことはあるのだ。たとえ同じ言語をお互いに話せたとしても。

ベルリンで暮らしていると、ときどき全部を「言葉を知らないせい」にしたくなる。わたしがわからないのは、わかりあえないのは、言葉の意味を知らないからだと腹立たしく思うことがある。何かをわかりたい、誰かをわかりたい、と思って叶わないときには、わたしのドイツ語が不完全なせいだと悲しくなることがある。しかしそんなことはきっとない。そもそもわたしは、日本語を話すのだって上手くないじゃないか。それに外国語でも「通じる」瞬間みたいなものはあったし、言葉なんてないほうがうまく繋がるときもある。

もうひとつ、このコメディからわたしが思うこと。それは、言葉の力だ。実際には明らかに英語で会話できているのに、「話せない」と断言してしまえば、「話せない」かのようにまかり通る。そのようなことは、少なからずよくある。「謝罪します」と言葉で発するだけでなにも謝らない「謝罪」や、「約束するよ」と言うだけでほんとうには何も果たさない「約束」。そんなとき、言葉の「魔」力を絶つものはなんだろう?ちなみに、先日観た映画のなかで言っていた。

「Just Do It」ー結局、コレになるのだろうか。

(このコメディエピソードはBBC制作「Big Train」(1998-2002)から。普段の暮らしによくある状況を、皮肉たっぷりに切り取る英国ショートコメディ番組である。)