ここ数日よく眠れない。早朝に目が覚める。その時間ならもう起きてしまえばいいのに、と思わないでもないけれど、誰にだってタイミングというのがある。でも夜とちがう、朝のフライングはいたって平和。わたしは半透明の薄光のなかで、そこだけまだ影の残る天井の隅をぼんやり眺める。太陽も向かいのバス通りもこの部屋も、半分以上が眠ってる。血圧は深すぎるところに潜ったままで、目から焦点を合わせはじめる。すると耳の方が先に掴んだ。どこかで警報が鳴っていた。
高い音が短く一定のリズムを刻んでいる。ときどき聞こえる車の盗難防止アラームとも違った。もしかして耳鳴り?仕方がないので布団から腕を抜いて、親指と人差指を両耳のそばで擦り合わせてみる。ベルリンで乾燥しきった指先は、きっぱり正しくカサカサ鳴った。耳の中のことじゃない。
なんの音だろう、いつからか閉じていた目にぎゅっと力をこめる。音に集中したら見えてきた。これはあれ、2日前に聞いたのと一緒。イースターに戻ってきたほとんど真冬で、ヒーター全開、なのに分厚いダウンはもう片付けた、寒いのは嫌い、ビープ!ビープ!ビープ!そんな深夜。
うちの対角にある自転車屋の、オレンジの警報灯が浮かぶ。あの日はてっきりお店のアラームが誤作動したと思っていた。でもそれで今日もまた(しかも早朝にまでまた)鳴ったりするものだろうか。なかなか止まないビープを数えていたら、いつのまにか二度寝した。
次の日も、また次の日も同じ。こんなことばかり繰り返してたらダメになる。まあだったらやっぱりそのまま起きなさいよ、ぜんぜん悪くない時間だし、と強く自分に思わないでもないけれど、意外とタイミングは大事なのだ。もし明日も起こされたなら、今度こそはそのまま布団を抜け出して起きあがる。きっと。
誓いを立てる体でこれを真顔で書いていたら、小さな音に気がついた。近い。すごく近い。クリアな意識で聞くアラーム音は、思ったよりも高かった。窓のそばに近づくと、ほんの少し大きくなる。外に目をやれば自転車屋は営業中、オレンジの警報灯は暗い。ただの飾りかもしれない、嘘モノみたいに旧式な警報灯だ。
だまされないー思いきり窓を開けるとビープが消えた。それで首を傾げながら窓を閉めたら、戻ってきた。傾げた勢いと混乱に頭を一回転させて、わたしは近くの電話機に耳をはりつけた。プリンターからパソコン、WiFiルーターに、4つのランプ、寝室(兼わたしの作業場)にあるすべての電子機器にすり寄っては耳で密着した。何も聞こえない。でも聞こえている。
外かもしれない、もう一度確かめようと窓に近づくと、下の方で振動する音を聞いた。しゃがんで今度はそこに耳をつける。壁際に隠されたヒーターの細いパイプから、最近馴染みのメロディが聞こえた。最弱運転中のヒーターを切ってみても様子は変わらない。もうよそのせいにはできない。諦めと、わたしダメになったらどうしようと思いながら、携帯を手に取った。
ビープを録音、それから、ハウスマイスター(管理人)であるドブ氏へ送るであろうメッセージの下書き。
親愛なるドブ氏、お元気ですか。
実はとつぜん、寝室のヒーターあたりから奇妙な音が鳴りだしたのです。ここ数日などは満足に眠ることもできません。オフにしたって鳴り止まないのです。いちど見に来てくれませんか。あなたがここへやってくる、月曜か火曜か、水曜に。
お返事をお待ちしています。よい1日を。
明日、もしかしたらわたしが快眠できて、ダメにならないで、これを送らないで、済んだらとても嬉しい。