こわい風邪

「青空の日に風邪を引くのはわたしの避けられない運命」と言葉にしたら、ほんとうに風邪を引いてしまった。ここが東西に分断されていた時代に壁の近くで生まれ育った友人は、15年ぶりくらいにベルリンらしい寒い2月だと言っていた。そのせいで雪の映画祭になって、降り積もった白の乱反射で街が別人みたいにキレイに見える。空は地中海の青、シワも汚れもない。わたしはそのあいだずっと高熱で、ベッドに転がり、枕カバーのヨレた折り目が頬に張りついて消えなくなった。顔を洗うのも億劫、モノを食べる気力もない。「なんでこんなことになっちゃったんだろう」、丸く小さくなりながら繰り返した。

どうやら流行っているらしい。たった一晩でわたしを絶不調に叩き落としたこの強力すぎる風邪が、流行っているなんて恐ろしい。「こんな症状でね、ホント近頃ないくらい酷かった」と何人かに話したら、「ああ、それと同じ話いくつか聞いたところだよ」と返ってくる。コロナでもなくインフルエンザでもなくて、ただの風邪らしいけれど、さすがにシェパードの国で流行るバクテリアだかウィルスに、豆柴がついていけるはずがない。

灰色の雲がもぞもぞと湧いてきて雨が降りだしたら、幸いわたしの具合は良くなってきた。青空と、最初は持ち堪えていた看病役のRの健康と引き換えに。「もうおうどんは食べたくない。紅白の蒲鉾はぜんぜんめでたくない」ー不健康なくせに我儘に思いを巡らせていたら、隣の部屋からガサガサ音がする。Rが突然ニョキっと布団から両腕を出して、なにやら携帯でせっせとメモをとっていた。熱にうなされながら、心に溢れでて止まらない短歌を詠んでいた。この国の流行り風邪は侮れない。

治りかけの 咳を隣で する頃に
僕はベッドで 熱を出してる