最近はどこの国でも、郵便配達人ほど大変な仕事はないかもしれない。『イル・ポスティーノ』はほとんどファンタジーになってしまった。ましてやここに海の匂いは届かないし、届ける先も詩人ばかりではない。ベルリンで東京からの荷物を待つ人は、携帯のアプリでDHL EXPRESSの進捗状況を更新に更新をかけながら確認するばかり(自分ではどうしようもないのだから大らかに待つしかないのに)、それこそ詩情の欠片もない。
それにこの国では、郵便受取人すら大変である。忘れそうになっていたら、律儀に思い出させてくれた。午後1時過ぎにエントランスの呼び鈴が鳴る。ハローと出たら沈黙で、パケット?の問いにも応えがない。でもきっと「配達中」のDHLが来たんだろうとビルケンをつっかけて部屋を出た。扉を開けると、段ボール箱を床に置いた制服がもうそこに立っていて、ここ何度か国際郵便を届けてくれた彼だった。いつも困ってるような赤いかお。
でこぼこした調子のドイツ語で挨拶を交わした。あなたへのパケットだけど、支払いが必要なんだと溜め息混じりの説明を受ける。いつの頃からか、コロナの時くらいだろうか、日本から来た荷物は受け取るたびに輸入関税を徴収されるようになった。「個人から個人への贈りもので総額45ユーロ以下なら無税」はほとんど迷信だった。今回の関税額は7,98ユーロ。毎回そのくらい、理由は不明、現金払い、お釣りなんてあるわけない。
ちょっと待ってください、わたしは財布を取りに部屋へ戻った。郵便配達人の溜め息が煙らせたのか、頭も心もすっきりしない。前回も10ユーロ、その前もそう、そのまた前も、あれからずっと。全部ぼんやり、お釣りなんて幻、いったい何に対する徴収、代金はどこへ?ーそのときはじめて、わたしは底に小銭を見つけた。
こちらとしてはちょっと晴れやかなくらいの気持ちでいたけれど、「8ユーロでお願いします」はまったくのタブーだった。彼は手早くお金を掴み、いつもよりずっと赤くなって階段を駆け降りながらこう言った。
「お釣りがないって伝えたし、それでこれなら自分は20セントくらいしか貰えない!そんなの仕事の割に合わない!次から荷物は郵便局に直接預けることにする、届けない!」
「ちょっと待ってください!呼び鈴押したらわたしがエントランスまで取りに行くから、あなたはただ下で待っていて!それで問題ないでしょう!?」
わたしはたしかに声に出したけど、今となっては定かではない。心の声だったような気もしてくる。あまりに相手の発言がよくわからなくて、全体の状況も見えずにいたら、自分の話す内容までちぐはぐなものになってしまった。「問題ないでしょう!?」なんて、問題しかないなかで。
気が晴れないときは外に出る。予期せぬ展開だったけれど、心待ちの荷物はきちんと届いたのだ。嬉しさが減るわけでもない。こういう時には花がなくちゃ。小雨だけれど、傘を取りに帰るエネルギーはなかった。オレンジジュース色に弾けるチューリップを買って家に帰る。通りでさっきと別の郵便配達人とすれ違った。大変な仕事。わたしの腕のなかのチューリップと同じ、同じ黄色。