「おはよう」にあわせて、おひなさまの写真がHから届く。東京の3月3日が終わるころ、ベルリンのひなまつりがはじまった。ありがとう、むすめに戻りながら遠い東の春に繋がる。
写真のおひなさまは、相変わらずふっくらと愛らしい。ほんものの陶器肌で髪もつやつやだ。薄い目は全然笑っていないのに、絶対に怒っていない。ちいさい唇をつんと突きだして、わたしが話しかけたら今にも応えてくれそうだ。Hに見えてきた。それに、可憐なお人形というよりは宮中衣裳を着こなす洒落たこけし的な立ち雛で、ミニマルな佇まいもHらしい。
ちいさい頃から、わたしはお人形らしいお人形が苦手だった。人間みたいな顔や手足、プロポーションが怖くてイヤで仕方ない。後にも先にもわたしが所有し愛したのは、二頭身の灰色のうさぎのぬいぐるみだけ。数回の洗濯を経て多少はくたびれたけれど、いまも実家で達者に暮らしている。華やかに飾られていたのは真白いうさぎだったのに、灰色のを迷わず選んだ。あの日の5歳のわたしには「いいね、わたしもすきよ」と言ってあげる。
そんなふうに変わらないことを慈しみだすと、変わったことがヘソを曲げるらしい。きのうから調子のよくない右のピアスホールが痛み始める。「穴は空いてしまったのだ」ーと思った。するとタトゥーとピアスだらけのDが黒いピタピタのビニル手袋でヤパニッシュ・ニードルを持って現れて、わたしはとっさに「はい、すきで開けました、いまもすきです」と答えることになった。
耳たぶの穴くらい大切に育てたい。まさか、健やかな成長を願うこの日にぴったりの誓い。Hのくれたおひなさまの写真をもう一度眺めながら、感謝と決意で桃の節句を締めくくることにしよう。これでちらし寿司でもあれば最高なんだけれど。残念ながら、夢去りて、キッチン。
また来年のひなまつり、楽しみにしています。ーベルリンより