もともと大きかったことは一度もないけれど、ベルリンへ来てからいっそう小さくなってしまった。ちなみに、わたしの「よく口にする台詞ランキング」のおそらく首位に、「身長あと10センチ大きかったらなあ」がある。そしてその台詞には、お決まりの返しがついている。「でもどうする?お気に入りのあの靴もジャケットも、つんつるてんで着れなくなるよ、どうする?」ー もちろんそんなの困る。でもどうしようもないし、そもそも残念なことに、絶対それは起こらない。しかし飽きもせずそのやりとりを繰り返してしまうくらい、願望も問題もけっこう切実で、「小ささ」はわたしのそばにいつもある。
こちらへ来て数年経ったある季節の変わり目(わたしの扁桃腺は季節の変わり目にめっぽう弱い)、通りを3本渡ったところにあるアポテケで薬を買った。ちょうどその前に医者の友人Sから細かな説明をもらったことがあったので、服用する薬の量がドイツと日本でかなり違うことは知っていた。心配性のわたしはもちろん、説明書を熟読してみる。その薬が言うには「赤ちゃんはダメ。でも10歳未満ならこれだけね、10歳以上のみんなはこのくらい大丈夫、妊婦さんだって医師に相談したらいけますよ」ということらしい。どうやら薬剤師のおすすめのとおり、薬というよりも漢方のような、マイルドな植物性の液体風邪薬なのだ。
きっと服用する容量の基準が「18歳以上」だったら、もっと気を引き締めていただろう。けれど「10歳」のボーダーラインは、心配性の警戒心をすんなり解いてしまった。さすがに言わせてもらうけど、10歳よりは大人ですよ、と思った。わたしは(日本でいえば)小学4年生以上に許される量を躊躇なく飲んで、その結果しっぺ返しをくらうことになる。服用から少しして、どうにも気持ち悪くなってしまったのだ。体調と薬の相性が良くなかったのだろうと考えて、それ以上飲むのは諦めた。なんとなく、薬は棚の奥の方へ隠すことにした。
後日、元気なわたしが混雑気味のSバーンに乗っていると、ベルリン中央駅から引率の先生付きでぴーぴー騒ぐ子供たちが入ってきた。車両はもうパンパンになって、子供たちの熱気が充満してくる。近くで見る彼らのほっぺは丸くて桃のような色をしていた。まくし立てて話す声は(うるさくはあるけれど声変わり前で)可愛らしい。まだ筋肉がつく前の手足は、思わずツンと突っつきたいような感じにぷっくりしている。観察を終えてわたしは思う、きっと10歳くらいなんだろうな。途端にスイッチが入った。食い入るように(文字通り)頭の先から足の先まで視線を走らせて、彼らを測った。手すりの高い位置を柔らかそうな手が握っていた。履いている運動靴は、ちょっとしたおじさんのそれみたいに大きい。一緒にお話しするなら、わたしがこの子たちを見上げるしかない。
大きく肩を落とした。間違えていたのだ。まったくの過信であった。わたしはこの街では10歳未満なのだ。現実に淋しく苦笑しながら、わたしは頭の中で足りない10センチを思った。
ところが最近、新たなことがわかったのである。先週からひどく暑いベルリンで「ジーンズ(わたしのユニフォーム)を履くのは見た目にも実際にも暑いから、どうする?」ということがテーマとなった。わたしはRに「でもこんな季節だってこういうジーンズの、こういうファッションなら素敵だし、暑くないかもしれないし」と共感を得るべく、説明を試みた。しかしどうやらあまりに具体性に欠けているらしい。そこで今度「街でそういうファッションを見かけた時こっそり教えるね」ということに落ち着いた。
幸運なことにその週末、ストリートでこれは!と思う女性が4人いた。すれ違うたび「うん、確かにね」と静かに同意するRが、4人目を見送った後で言った。「わかったよ。Kの理想のファッションには、あと15センチ足りないんだね。」