続、ものはいいよう、捉えよう

今日も暑くなる!と張り切り気味に思っていたので、わたしも出勤のRと一緒に出掛けて近所のスーパーマーケットへ向かうことにした。室内からなんとなく見えていた曇天は、外に出て見るといかにも「手本の曇天」といった感じの正統派な圧力があって、分厚い雲は太陽の光を完全に遮っていた。思ったよりも全然暑くなくて拍子抜けする。片付けないとならないタスクもあるし、さっと買い物して帰ってこよう。Rの自転車の背中が2つ先の角を曲がるのを見届けてから、きっぱりとスーパーの方向へと向き直った。かならず買いたいものは、パスタ用ザルツ(塩)と500mlのオリーブオイル缶(持ち帰るのに軽いから、ビンではなくてこれが好き)。それから明日の朝のための茶色パン半斤と、小ぶりレタス(なぜかレタスはとても小さい)、卵(6個入り)、朝食用ベーコンと、できたら液体の洗濯洗剤(大きくて重いので全体の買い物量次第で決めたい)。しっかり者ふうに、書いた紙はいちおうポケットに入れてある。

スーパーマーケットには人がいつもより少なくて、並べられた食材はいつものとおり少なかった。それでも今日は、タイミングのよい時だけ出会えるしゃんとしたネギと、久しぶりに粒揃いのラディッシュがあった。珍しく綺麗な桃色のシンケン(ハム)がベーコンの横でアピールしてくるから、つい1パックをカゴに入れてしまう。お会計も待たずに済んだし、レジのお姉さんも親切で朗らかだった。そんなに暑くもならなそうだし、ラッキーな日の幕開けである。

鼻歌まじりの気分上々で家に帰ってきたわたしは、両腕にぶら下げた買い物袋を床に下ろさないまま、不恰好な体勢で玄関の鍵を開けようとした。しかし鍵穴に近づくと同時に、微かな音が聞こえてくる。扉の向こう側で誰かが鍵を差し込んで、カシャカシャと回そうとしているのだ。恐くて咄嗟に体が固まってしまう。「あれ?だれ?なに?ドブ(ハウスマイスターの愛称)・・?」と頭のなかで呟くのがやっとだった。まるで「どうしよう?」と「なんで?」がタールの沼と化してわたしをすっぽり呑み込んで、もはや思考停止、ゲームオーバーという感じだった。ちょうどそのとき、Rがぬっと顔を出した。途中で自転車の調子がおかしくなって、どうしようもなく戻ってきたと言う。メッセージを送ったらしいけれど、こちらは両手が塞がっていて携帯をいじる余裕なんてなかったし、そもそも鼻歌に集中していたから何の音にも気付かなかっただろうと思う。

Rのハプニングは、わたしのラッキー気分に影を落とすには十分だった。気の毒に思いながらも冷蔵庫にあれこれを片付け終わると、今度はなぜか(不思議と)呼ばれるようにして、シンク脇にひょろりと転がるレシートへ手が伸びた。凝視して、不審な「2」のマークに気がつく。残念なことに、わたしは目的外のシンケンを2つも買った人になっていた。あぁ・・!とハキのない声が体から出ていく。けれどまた今からレシートと買ったものを持っていって、抗議しに行く元気はなかった。どうやらRもわたしも、今日はアンラッキーにお呼ばれしたみたいだ。

「でもまだよかったよ、シンケン1つだけで」という話にそのあとなった。Rはひと月ほど前、14鉢のバジルを買った(ことになっていた)のだ。同じスーパーの、違うレジのお兄さんだった。支払いを済ませてから「あれ?なんで100ユーロ越えるの?」と驚いてレシートを見返して、無事にその場で返金されて事なきを得たのである。「バジル14鉢って、ねえ」と言って、ちいさな笑い話になっていた。けれど今回、そういうのは意外と冷や汗もので、実は簡単に起こったりすることがわかったのである。これからはわたしもその場でレシートを確かめよう。そんな気づきを得られてよかったよ!ということに(早くも)なった。ちなみに、自転車については迅速に修理されることを願うものの、家を出てすぐのところで不調になったなんて、これもラッキーと言うほかない気がしている。