指揮者クラウス・マケラ、ベルリン・フィル・デビュー

クラウス・マケラ、1996年フィンランド生まれ。オスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者であり、2021年からパリ管弦楽団の音楽監督を兼任。2027年にはコンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者となることが決まっている。紹介文の華々しさそのままに、彼のデビュー公演は連日完売だ。演目はショスタコーヴィチとチャイコフスキー、いずれも交響曲第6番である。

27歳でのベルリン・フィル・デビューはしばしばあるらしいのだが、わたしにとっては目新しい。ちなみにこれまでは、ずいぶん長く大人をやってらっしゃる、どちらかといえば恰幅がよく、もはやマエストロ、あるいはかなり個性派の面々ばかり。そのため正統派タキシードの指揮者すらはじめてかもしれず、動くたびに黒光るエナメルの靴は眩しかった。見るといつも膝が曲がっているような指揮スタイルも珍しい。つまり直立せずに動いているのだ。彼の背中がハッとして立ち止まるような瞬間は一度くらいあったけれど、その止まり方にしたって活動的なのである。指揮棒を持つ右手よりも、左手は雄弁に動きまわる。演劇的なマケラの身振り手振りは、オーケストラの音にもうつりこんだにちがいない。ショスタコーヴィッチの第2楽章から、どうしてもわたしの顔が笑ってしまうのだ。ベルリン・フィルのすこしも乱れずに豪快に跳ね回る音、一瞬にして強弱の変化を生みだすテクニックは改めてさすがなもので、巧かったのはいうまでもない。けれどそれより、なんだか面白かったのだ。

転じて休憩をはさんでのチャイコフスキー第6番は、いくらかおとなしい印象になる。「悲愴」と名付けられているくらいなので暗く重たい空気に備えていたけれど、おおよそ優美な静けさで演奏されていたように感じた。ショスタコーヴィッチで激しく忙しく楽譜をめくっていたマケラは、ここでは楽譜に一切触らない。彼はもしかしたら、チャイコフスキーのほうにこそすでに深い解釈を持っていたのかもしれない。それはまた、いつかの楽しみにさせてもらおう。数日前が嘘のように春めいた、明るい月の夜だった。